福島を訪れて

昨年は、岩手県(陸前高田市、大船渡市)、宮城県(気仙沼市、仙台市、石巻市)を訪れ、東日本大震災の爪痕を視察しました。津波や地震の怖さを直に感じ、復興状況や震災遺構を見学するなど、多くの方々から当時の話をうかがいました。
今回福島を訪れた理由は、私の母校はカトリックの女子校で学生時代にお世話になったシスターが6年前に南相馬市に移住されており、私が当選した当時から「あなたが議員でいる間に、是非南相馬に来てほしい。現地の人の声を聞いて欲しい」と言われており、4年目にしてやっと訪れることができました。
福島県も13年前に震災で大きな被害を受けた土地です。
ただ他の地域と違うことは、三重苦といわれる「地震、津波、原発災害」があったこと。
福島第一原子力発電所が津波の被害を受け、冷却装置の電力が供給できず、燃料棒が溶けメルトダウンからの水素爆発。双葉町、大熊町を中心に放射性物質が拡散してしまいました。
汚染された土地は除染作業に追われ、「トン袋」(写真)と呼ばれる汚染土を入れた黒い袋が沢山積み上げられていたそうです。
東京から常磐線で「原ノ町駅」で下車。カリタス南相馬の所長さんと共に車で双葉町、大熊町、浪江町を訪れました。初めて手にする「線量計」。久しぶりに聞いた「マイクロシーベルト」という単位。何も無い場所では、0.023だった数字が福島第一原発に近くなると、2.165とか、3、4と線量を表す数字が上がっていき、その数値が大丈夫だとしても、見えないものの存在に不安を覚えました。
今回最初に訪れたのは震災遺構・浪江町立請戸小学校でした。
子供達は近くの山に逃げて全員無事だったものの、周りはすべて津波で流されてしまった場所でした。
また、東日本大震災・原子力災害伝承館、東京電力廃炉資料館も見学。
ちょうど視察の日が、2回目の燃料デブリの取り出しをしている日だったため、どのような状況なのか施設の方に説明いただきました。
原発については様々な意見があります。それを理解した上で、私としては原子力エネルギーに頼りすぎることなく、今すぐではなくていいから、ゆくゆくは廃炉の道に進んで欲しい。私はそう願っています。
原子力に変わる代替エネルギーや再生可能エネルギーができることを信じています。
「帰宅困難区域」その地に住めなくなるような場所が、この日本に増えることがないように祈ります。
復興はまだ途上です。私たちは常にあの震災を過去のものとするのではなく
自分ごとと捉え支えていく。そして、これから起こると言われている南海トラフなど巨大地震にどのように対応していくのか。
この現状を決して風化させてはいけない役割が私たちにはあると強く考えさせられました。
シスターもお元気そうで、良かったです。